◆第5回(組織と組織能力)
組織能力(組織IQ)の低い企業は、IT投資を増やしても経営成果にいい影響を与えられていない。弊社のサービスは、ここを起点としています。このため今回は、この背景や要因についてご説明したいと思います。
この説明の前に、組織能力の測定に利用している「組織IQ」の概念が前提としている「組織」および「組織能力」について補足します。この概念は2つの理論から支えされており、それは「意思決定理論」と「情報処理理論」です。前者の理論の開拓者として、米電話会社の元社長で「経営者の役割」を刊行したチェスター・バーナードがいます。組織を「2人もしくはそれ以上の人々の意識的に調整された活動や諸力のシステム」と定義しました。ここから意思決定理論と言われる学術研究が始まります。これを引き継いだのが、ガーネギーメロン大学からカリフォルニア大学の教授となり、ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンです。2016年に改訂版が出された「意思決定と合理性」、「経営行動」、1958年に初版、2014年に改訂版が出されたジェームズ・マーチとの共著「オーガニゼーションズ」などの著書があります。同じく、もう一つの理論である情報処理理論は、ジェイ・R・ガルブレイスによって開拓され、「組織設計のマネジメント―競争優位の組織づくり」、「顧客中心組織のマネジメント」などの著書を残しています。
この業績を貫通する主題は、人間の「意思決定過程」であり「思考過程」です。そして、これらに通底する概念として、組織とは「コミュニケーションと意思決定のルールや仕組み」という統一した定義がなされています(物理的な人の集団という意味合いを除外)。これを準用すると、組織能力の定義は「コミュニケーションと意思決定のためのルールや仕組みの性能」と規定できます。1人であっても情報処理の精度や速度を上げるためには、「コミュニケーションと意思決定のルールや仕組み」が内在化している必要がある。同様に、組織としても「コミュニケーションと意思決定のルールや仕組み」が必要であり、その「性能」が組織の能力を左右すると解釈できます。
前置きが長くなりましたが、組織IQの低い企業は、「組織内部のコミュニケーションの質(精度や速さ)が低く、物事(処理)を前に進めていくための意思決定のルールや仕組みも十分に整備されていない」と解釈せざるを得ません。このためIT投資によって、いくら情報を共有する基盤や意思決定を支援するためのツールを導入したとしても、その前提となる「組織能力」が低い状態では、意味をなしません。「ルールや仕組み」が十分に整備されていないがために、「考え方や認識、判断方法が異なる集団」においては、一層の混乱を招いている結果ではないかと推察されます。
これを組織IQの5要件に基づき整理します。外部環境に関する情報を多く取り入れられるようになり(「外部情報感度」の向上)、それらの情報および会社内部の情報を大量に流通・共有する仕組みが整った(「内部知識流通」の向上)としても、情報の整理が不十分で、会社として注力すべき方向性や目的が曖昧であるならば(「組織フォーカス」の不在)、組織としての意思決定のスピードや質は高まるどころか、むしろ混乱を来し、適切な意思決定を阻害する(「効果的な意思決定機構」の弱体化)という結果に陥る。これが、組織IQの低い企業はIT投資の規模が増えるにつれ、経営成績にマイナスの影響を与える要因であると推察しています。
整理すると、IT 投資によって 多くの社内外の情報をスピーディに把握し、共有すること(「外部情報感度」および「内部知識流通」の向上)は、情報戦と言われる昨今の経営環境において非常に重要性が高まっています。また、自社の限られた資源を有効に活用するために、会社の目標を具体化し、戦力の分散を防ぐこと(「組織フォーカス」の向上)は、よりよい結果(経営成果)につなげる必要条件となります。しかし、それらを「適切に消化(処理)」し、「正しい判断(意思決定)」につなげられないのであれば(「効果的な意思決定機構」の弱体化)、組織の性能(上述の「コミュニケーションと意思決定のルールや仕組みの性能」)を低下させてしまい、情報投資の効果創出どころか、かえって組織能力、延いては 経営成果にマイナスの影響を与えている、と解釈できます。