◆第12回(「変化創造」を育む土壌)
私は私自身の経験も踏まえて、企業が行うIT投資による効果創出をもっと高められると考えています。マクロ視点になりますが、OECDに加盟する先進7か国の中で、「1人当たりの労働生産性」が継続して最下位の状況にある点も踏まえ、改善したいと考えています。
しかし、そのためには変革を伴います。組織や制度しかり、業務オペレーションなどです。ここにIT投資による効果創出を難しくする「変化抵抗」という要因が潜んでいます。
日本に限らず、変化に抗う性質は世界共通だと思います。ただ、その度合いが日本はより強いようです。裏付けるファクトに、2019年にIMD(国際経営開発研究所:スイスに拠点をおくビジネススクール)が行った世界競争力ランキングがあります。「日本企業の順応性」は63ヶ国中最下位でした。
私はこの「変化抵抗」というボトルネックを取り払う、あるいは和らげることがポイントだと考え、着眼してきました。まだ、その真因を探究する途上ではありますが、現時点の認識を論じたいと思います。
まず考えられるのは、日本特有の会社制度です。「終身雇用」と「年功序列」という旧来は日本企業の強みを発揮するものとして脚光を浴びたものです。これが結果として現場のオペレーショナル・エクセレントという競争優位性を築くことにつながり、現場尊重=従来オペレーションの尊重という風土を醸成した。もちろん、日々の改善は定着しているものの、構造的な変革には抵抗を示す、という認識です。
他方で「総合職制度」を採用している日本の各企業はダイナミック・ケイパビリティ(環境や状況が激しく変化する中で、企業がその変化に対応して自己を変革する能力)が高まり、組織変革を起こしやすいという捉え方もあります。このため、制度のみに着眼するだけでは、真因を見いだせないとの考えに至りました。
次に、日本的経営の美徳ともいえる「雇用維持」です。日本の経営層は利益よりも雇用を重視する。合理的な視点で捉えると、短期的利益より中長期的な利益を重視していると捉えられなくもないですが、これは合理的な判断と言うより、やはり美徳に基づく判断だと感じています。私も個人的に日本らしい「相互扶助」の姿だと考えており、これはこれで素晴らしいものだと思います。緩やかに変化しつつありますが、背景には人材の流動性が低い日本の人材市場の特性もあると考えています(鶏と卵の話とも言えます)。
また、オペレーショナル・エクセレント形成の一端である(総合職制度でいう)一般職やパートに支えられている各現場。この現場マネージメントにおいても、現在の体制・ルールおよびオペレーションに影響を与えることにある種の難しさを感じる。ダイレクトに「IT投資=人材削減」という関係性にはないものの、少なくとも(新たな事業や業務のための)「要員の再配置」というオプションを持っていない状況であれば、無難な変更に留めたくなる要因になると考えています。
3つ目は上記のようなマイナスの存在ではなく、「低い創造性」というプラス面の欠如です。しかし私は、幼少期からドラえもんといった多種多様な漫画による創造性を育む英才教育を受けていることもあり、むしろ日本人の創造性はとても高いと認識しています。
では何が真因なのか?
私は、戦後の急成長後に停滞した、ここ30年程の企業の行動とその結果にあるのではないかと考えています。それは企業における「挑戦機会の減少」、「リスク回避の企業慣行」です。これに影響して「新事業の創出・転換」機能も弱まってきたと感じています(より広く捉えると、国全体としての成熟・安定志向もあり、個々人の挑戦心も低減しているとも感じます)。
より長期的な視点で考えると、これが優秀云々を抜きにして、人が育たないことにつながってしまう危うさも感じます。
このため私は、経営幹部、特にミドル経営幹部向けの「挑戦の場づくり」と「機会付与」がポイントになると考えています。チャンスを与えて挑戦させていく。状況は異なりますが、元々戦後の成長期には行っていたことであるため、リスクテイクする制度のリスタートと言えます。
整理すると、日本企業の旧来制度や雇用に対する意識(美徳)も遠因として無くはないとは感じていますが、それよりもむしろシュリンクした状況を打開していくキッカケづくりが重要。そのために「挑戦の場(仕組み・制度)」を整え、積極的に「機会を付与」する。そして、いい意味で「失敗を経験」させ、それを「上手くマネージする仕組み」を作ることが重要なポイントだと考えています。言い換えると、「変化抵抗」を生んでしまっている土壌から、「変化創造」を育む土壌づくりへの転換です。
もちろん、これはIT投資に限った論点ではありません。ただ、「今」もさることながら、「先」を考えると、より重要なポイントだと考えています。