◆第23回(少数派のエネルギー)
前々回は個人の判断に影響する「バイアス」(個人の先入観や価値観による判断の偏り)について論じ、前回はそれと対比する形で組織における「ノイズ」(複数人で行うが故に生じる判断のバラつき)について論じさせて頂きました。組織における意思決定は基本的に上長が行い、その上長が民主的であるほど、皆の意見に配慮する。だからこその判断の難しさ・悩ましさを指摘したかったためです。
特に昨今は、多様性の大切さを論じる意見、変革の必要性を主張する論調が強いため、そうした状況下で判断する機会も多いと考えています。だからこそ、対話に関するメソドロジーとしてのU理論、その前提としての心理的安全性、あるべき組織モデル(相互関係性)を論じるティール組織、組織学習といった文献が多数出版されています。
今回もこの領域に軸足を置きつつ、組織内コミュニケーションの観点から、マネージメントが果たしていくべき役割について考えてみたいと思います。
歴史をさかのぼると、もともと少数派が多数派を支配する形態がとられていました。欧州における貴族社会、植民地支配、日本における幕府の統治です。これが、民主化のうねりの中で、多数派の民意による統治(に近づける)形態に向かっています。
動的に表現しているのは、社会の形態は固定していないためです。多数派の民意が社会規範を形成して法や秩序が強固となり、社会が安定することは重要です。他方で、少数派の登場によって少しずつ変化していく。社会を、このような運動として捉えているためです。
会社で多数派の意見に従う人が多いのは、そのグループに属することが安全だという心理が働いている部分が否めない。他方で、少数派の影響は抹消されるケースも多いものの、時として大きな変革につながるケースもあります。歴史を振り返ると、社会レベルで大きな変革を起こしたキリストやキング牧師のようなケースです。
この切り口から、会社組織について考えてみます。現在、行き詰まり感を打破するためにダイバーシティが叫ばれ、変革を求める声が大きい。しかし、それをドライブするのは、多数派ではなし得ない。なぜなら規範とまでは言えなくとも、従来の業務やルールに準拠すべきという認識が多数派には強いためです。逆にこれがないと組織の安定・維持は難しい。
言い換えると、それを実現するのは、「少数派」になる。ポイントは組織の基準・規範からの逸脱者を異常者扱いせず、その意志を尊重しつつ、それをプラスのエネルギーに引き上げ、成果につなげていくことだと思います。
今こそ通常起こっている多数派から少数派への影響に抗って、少数派の影響を増幅する機能が組織に必要です。そして、それを実行できるのが、経営層であり、マネージメント層だと考えます。
この点で参考になるのが、社会心理学者のモスコヴィッシの研究成果である「少数派影響理論」です。詳細の内容は他の書籍を参考にしていただきたいのですが、ポイントは、少数派の影響は多数派のように支配・従属関係から独立した形であるがゆえに直接的・形式的ではない。むしろその活動内容を越えて、背景にある考え方や価値観など(人の深い部分)に働きかけるという点です。
普段あたり前だと思っている前提認識を改めて揺さぶる。個人が持つ無意識のバイアスを客観視する機会にもなるように、組織の持つ規範的なものを再考する機会にもなり得る、という点です。マネージメント論やコミュニケーションのテクニックやメソドロジーとは次元の異なる、とても重要な着眼点(気づき)です。
ダイバーシティ推進は(日本ならではの労働力の流動性の低さも踏まえ)会社を閉じた状態から外に開く。開国ならぬ、開社であり、「開かれた組織」に向かうための取り組みの1つです。但し、掛け声だけでは機能しない。新たな意見を取り入れる試みであり、それを組織変革や新サービスなどに繋げていくことが企図されていると考えるためです。
そのためには、まずは「少数派のエネルギー」を明示的にすくい上げ、機能させ、「新たな価値創出の創造活動」につなげていく必要がある。ある意味、安定している現状を逸脱するための機能とも言えますが、現在の日本企業はこの部分がとても弱い。
他方で、逸脱には(閉ざされた組織であればあるほど)とても大きなエネルギーが必要になる。だからこそ、経営層の意志が問われる。加えて、逸脱の意味は肯定と否定の両輪があります。食物における発酵と腐敗も化学的には同じプロセスであるように、創造と犯罪は多様性の同義語であり、効果の裏表があるためです。その意味で、本質的にリスクを伴う。覚悟がいる。だからこそ、そこを突破するお手伝いをしていきたい。そう考えています。
改めてSteve Jobs(アップル創業者)の言葉の深さと重みを感じます。
To be foolish.