◆第27回(組織的な判断能力の強化)

生物の進化に着眼した考察から企業の進化に関するVSR理論が提唱されています。VはVariation(多様化)、SはSelection(選択)、RはRetention(維持)です。生命は危機に瀕すると異なる遺伝子の融合が促され(多様化)、そこで生みだされた新種が自然環境の中で淘汰されていくものの、一部が生き残る(選択=累積的選択=累積淘汰)。生き残った生物は自らの生命を継続できるよう、その機能強化を図っていく(維持)というメカニズムを指しています。

私はこの起点となるTrigger(外部誘因)を加えて、TVSRというフレームを使っています。生物の進化で言えば自然環境の変化による生命の危機です。同じく、企業で言えば、ビジネス環境の変化に起因した危機感です。この危機感が従来の枠を超えた事業やサービスの創造を促す動きを引き起こします。その後のVSRの部分は、ほぼ生物の進化に準えることができます(下図ご参照)。

言い換えると、Variation(多様化)は「変異」、Selection(選択)は「適応」とも言えます。ビジネス規模ベースのステージで言えば、「0⇒1」(無からの新ビジネス創造)を適応と捉えることができます。

このSelection(選択)、則ち適応は「(偶然の)結果」に過ぎない。はじめから予測することができない部分です。あらゆる生き物も環境の影響でどうすれば生き残れるか分からないからこそ、多様な新種を生成していく。結果、“どれかが当たる(生き残る)”というとても神秘的とも言える部分です。生物しかり、企業もほぼコントロールすることができない。経営理論において成功法則を論じるものは多いですが、それは環境、タイミング、経営トップ、企業の持つ各種資源など無数の前提条件を所与としており、特に新事業の適応(何が生き残るか)の部分に関する法則は、理論化することができません。

この考え方に則ると、企業もできるだけ(もちろん確率の高い)新事業を数多く立ち上げることが、成功する(生き残る)ポイントです。が、予算や人的リソースという制約がある。

だからこそVariation(多様化)、則ち変異に着眼した実践・検証と、その理論化が活発です。挑戦の場づくりを起点に、挑戦に報いる制度設計や部門や領域を横断した探索型の取り組み促進。そして、それに適したマネジメント・スタイル変革に関するものです。具体的にはチャールズ・オライリー教授の「両利きの経営」で説明されている事業のポートフォリオ型管理やリスクテイクを前提とするリスク管理モデルが挙げられます。これらは経営層向けの管理手法ですが、ミドルマネジメント層に向けても(リスク管理型の)プロジェクト管理モデルやそのアジャイル化といった様々なメソドロジーが提唱されています。(下図ご参照)。

一方で現場組織のオペレーションに関する変革も、この取り組みを進めていく上で大切な部分です。こうした取り組みに限って極論すると、社内(上や他部署)ではなく、顧客やマーケットを見て学びながらビジネス展開していくことが必須のためです。この部分の重要なエッセンスの1つに「レッスンラーンドの風土醸成」があります。

組織の心理的安全性を確保し共感する関係性を育みながら、組織内で学びを深めていく機能の強化です。この強化ポイントの1つに「組織的な判断プロセス」があります。現在は不透明性が高く、変動性も高い状況下での意思決定が求められます。そうした判断の経験をどう組織の能力・ナレッジ醸成につなげていくか、という問いとも言えます。

そこでとても参考になる観点が、アダム・グラント教授による『Think Again』の中で述べられていました(下図ご参照)。

図にある通り、判断のプロセスを縦軸に、判断の結果を横軸にとって4象限に分類します。それぞれの象限の意味合いは以下の通りです。言わずもがな感覚的にも理解できます。
 ❶プロセスは浅薄だが、結果が良い: 運がいい
 ❷プロセスは浅薄故に、結果が悪い: 失敗
 ❸プロセスは深遠故に、結果が良い: 向上
 ❹プロセスは深遠だが、結果が悪い: よい学び

特に、判断のプロセスが深遠な場合の捉え方がポイントです。結果が良ければ(❸のケース)、組織の能力・ナレッジが向上していく(めでたしめでたし)。但し結果が悪くても(❹のケース)、組織にとっては「よい実験」となり学びが得られる結果、組織の能力・ナレッジが向上していく。

判断のプロセスが深遠というのは、そこまで仰々しく捉える必要はないものの、判断のプロセスが透明化されていて、ある程度の判断基準や考え方が皆で共有されている。そうした前提環境を持つ組織が建設的な議論をして判断を下している。だからこそ、振り返りによって大きな学びが得られる。具体的には「判断プロセス」「判断基準」「考え方」「議論の質」のどこが拙かったのかを振り返り、修正していける。これが組織能力・ナレッジの向上によいという指摘です。

市場をリードしていた企業が不振に陥る理由は、必ずしも技術・スキル・ナレッジが足りないためではなく、その意志がなかったためだと言われます。問題は、むしろ心理的、組織的なもの。だからこそ、変異というステージに強く求められる「組織的な判断プロセス」を意識的に高めていく(上記のような)仕掛が重要だと考えています。