◆第28回(学習する組織の意義)

これまでのように、計画の精度を高めて効率的にビジネスを回していくやり方が難しい理由は、「VUCA*」という時代背景以上に、技術などの自社資源に基づく計画から、顧客の消費体験など「顧客基点」へとビジネスが転換している点が大きいと考えています。企業内部の論理ではなく、外部環境変化に即した柔軟な取り組みが必要となるためです。

*)Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を並べたアクロニム

このために(もちろん業界・業種にもよりますが)実行しながら学びを深め、柔軟に軌道修正を行っていく「テスト&ラーン」を指針とする企業が増えてきました。経営方針や会社の仕組み・制度を、こうした取り組みに順応できるよう見直しを進めている企業です。

一方で、経営トップの発信やマネージャ層の掛け声だけではなかなか上手くいかないのも事実です。このため、方針や仕組み・制度の見直しと並行して、「現場の再生」も必要になる。

この「現場の再生」について、いろいろと議論すると、基本的に「リカレントな環境づくり」というテーマに至るケースが増えています。言い換えると、職場を“学び場”にする取り組みです。

但し、本質的なテーマではあるものの、どこから手をつけたらいいのか分かりづらい。弊社では以下のステップで取り組んでいくことをお薦めしています。

まず前提要件としての「心理的安全性」を確立する。ホールネス(ありのままの自分を表現する)、相互の尊重、本音で話せる間柄の形成の3つを満たす組織(風土)づくりです。Googleが数億円の予算と4年の歳月をかけて実施した生産性改革プロジェクトである「プロジェクト・アリストテレス」で検証され、一般に公開されたことから、多数の研究者の書籍もでており、多くの企業で採用が進んでいる取り組みです。

この前提要件を満たしたうえで、Step1の「共感する組織」づくりを行います。自分のバイアスを皆が意識して、相手の発言の背後にある価値観や判断基準まで確認し合い、相互に気づきを得ていく取り組みです。

次がStep2の「自走する組織」づくりです。これは昨今ではパーパス経営という文脈で語られることが多い取り組みテーマでもあります。自社のパーパスを自分の組織に具体的に落とし込む。加えて、一人ひとりの目的意識を高め、自社のパーパスと重なる部分を明確にしていくことで、仕事を“自分事化”する取り組みです。価値観が多様化する時代だからこそ、この取り組みの意味合いが大きい。それ以上に、仕事を単なるお金を稼ぐ手段ではなく、自己実現の場に再定義・再認識する意味合いが大きいと認識しています。

最後のStep3が「学習する組織」づくりです。テスト&ラーンという指針に則って、現場の行動様式を実際に形づくる部分です。一人ひとりが得た情報や感覚に基づき、動的かつ複雑な因果を追求していく。この真摯な議論を通すことで、新たな価値を創発していく。この能力を組織的に高めるステップです。

この各ステップを一つひとつ高めることで、組織の力が強化される。テスト(経験)からの気づきを皆の学び(ラーン)につなげ、実態に沿った的確なサービスや事業を生みだす「学び場」が形成されていきます。折角トライアルしても、そこで得られた知見を活かせなければもったいない。このためにも組織を「学び場」にしていくことはとても重要だと思います。

もちろんやりようによっては、異なる進め方や前後するアプローチもあると思いますが、私がこの順番で取り組むのがよいと考えているのは、以下のような「道のり」で捉えているためです。

「エンゲージメント」を縦軸に、「企業風土」を横軸に取るグラフで説明しています。起点は(企業の状況によって異なりますが)、無関心ゾーンから表記しています。

このゾーンに置かれている企業であれば、まずは横軸の企業風土の改善に取り組む。前提としてお話したStep0の心理的安全性を確保する(快適ゾーンへの移行)。その後、Step1の共感する組織づくりを進める(共感ゾーンへの移行)。まずは皆が安心して自由に意見を出し合える風土形成です。

ここから縦軸のエンゲージメントを高めるために、Step2の自走する組織づくりに向けた取り組みを進めます(自走ゾーンへの移行)。

ここに至ってようやく学習する組織の土台ができる。そこで、Step3としての学習する組織づくりを強化していきます(学習ゾーンへの移行)。

逆説的に横軸の企業風土を見直さず、ある種のハラスメントによる“強制”で人を動かすやり方は、一昔前までであれば許容されていたかもしれません(不安ゾーンへの移行)。が、これはいただけません。本来の個人の能力を発揮できないばかりか、組織の力を高めて「テスト&ラーン」によるアプローチの果実を得ていく道とは完全に分断されてしまうためです。

現在は大きな変革期にあります。だからこそ、テスト&ラーンの指針を掲げて変化対応に取り組む企業が増えている。このために仕組みや制度の見直しに加えて、現場を“学び場”にする取り組みにも関心が高まっている。背景に(自社資源を起点とする経営から)「顧客基点」への大きな転換がある。まさに『事件は現場で起こっている』。だからこそ、その予兆を最前線のメンバーが迅速につかみ、的確な組織対応につなげられる「学習する組織」の意義が高まっている。そう考えています。