◆第31回(マネジメントのアップグレード)
弊社ではIT投資と同時並行で行うべき「組織投資」(業務や組織・制度などを見直す取り組み)のご支援を行っています。DX推進には、道具(IT)に合わせた仕組みや使い方の刷新が必要であり、そこにも目を向けてこそ、投資に対するリターンが高まると考えているためです。
この最初のステップとして弊社が提供しているのが「組織特性診断サービス」です。組織の特性を大きく5つのカテゴリーに分けて診断し、組織の特性や強み・弱みを可視化するサービスです。この5つのカテゴリーの1つに「組織フォーカス」があります。簡単に言うと、“自社の存在意義や戦略に関する組織としての理解度”を評価するものです。但し、この評価対象自体の重要性は一貫していますが、評価に関する考え方や基準は変化しています(下図ご参照)。
<図>
従来の安定した社会環境であれば、戦略や計画(What)とその実行に必要な基準・ルールなど(How)を明確化することが重要でした。一方、現在のような流動的な環境の場合、Whatを明確化してそれに基づいて活動することは、逆に組織の機動性や柔軟性が損なわれる危険を孕んでしまいます。
このため、Whatの上位概念となるWhyとその実行を担う現場オペレーション力を高めるためのHowの重要性が高まっています。Whyがまさに「パーパス経営」、Howが「エンゲージメント・マネジメント」といった言葉で議論されている内容です。
以前(ブログの第29回)、Why(パーパス)を具体化し組織・個人に浸透させていくステップのお話をさせて頂きました。このため今回はHow(エンゲージメント・マネジメント)について、論じたいと思います。
私は、エンゲージメントとは「積極的な関与の度合い」を指していると認識しています。こちらも以前(ブログ第28回)お話させて頂きましたが、「エンゲージメント(の段階)」と「企業風土(の状態)」の関係を以下のように捉えています(下図ご参照)。
<図>
エンゲージメントの段階は、最も低い「無関心」から、最も高い「コミットメント」までの7段階あると考えています。Why(パーパス)を浸透させつつ、それを組織に、そして一人ひとりの社員に浸透させ、仕事を“自分事化”する。これが、エンゲージメント・マネジメントの目的です(上の図では、縦軸と同時に横軸である企業風土の見直しが大切な点を説明しているものです)。
今回はこの図に明記しているStep2を進める際、すなわち縦軸(エンゲージメント)を高める取り組みを進める際に、私が大切だと考えている内容についてお話したいと思います。
極論すると、これまでの企業は評価制度による報酬と罰則といった外発的動機づけを用いて人(社員)をコントロールしてきました。まさに中国戦国時代の思想家、韓非子の実証主義の考え方です。言い換えると、これまでのマネジメントは“コントロール”に軸足がありました。
これまではある意味、この考え方が有効に機能してきました。日本企業が特に男性を中心とするモーレツ社会だったことも背景にあると思います。しかし、ダイバーシティ&インクルージョンという風潮しかり、多様性を受入れて新たな発想が強く求められる現在の企業組織では、相いれない考え方になっています。
一方でこの(外発的動機づけに基づいて人をコントロールするという)マネジメント思想は、長年の実践を通して深く染み付いているため、とても根が深い。このため、この根っこの部分の考え方を一度リセットするような取り組み、マネジメント層の意識変革のようなものが必要なのではないかと考えています。学び直し(リカレント)というよりも、これまで信じてきた前提認識の開放(アンラーン)です。
この部分の根っこにある考え方を幅広く、かつ深く考察している良書の1つに『モチベーション3.0』(ダニエル・ピンク)があります。飢餓などの動因に基づく生物学的な動機付けを第1段階。周囲からの報酬や罰(外発的)に対して反応する動機付けを第2段階。そして内発的な動機付けを第3段階と位置付け、この第3の動機付けの威力や効能が、多くの行動科学者たちによって解明されてきている点を論じています。しかしとても残念なことに、ビジネスの世界ではこの新たな認識を十分に生かし切れていないという問題提起が行われています。
特に第2の(外発的な)動機づけは、人の創造性を破壊し、人として好ましい言動を阻害する。時に組織および会社として望まない反倫理的な行動を助長し、依存を生み出し、短絡的な考え方を促すという欠陥があるとも指摘しています(著者はコンピュータに準え、これをOSのバグと表現)。
当たり前ですが、人は内的な満足感と結びつく行動には無我夢中で頑張ります。その取り組み自体に充実感を感じ、自らの健康衛生にもいい。結果として社会全体としても、そのような状態が広がれば幸福度の上昇につながっていく(可能性が高まる)。逆に外発的動機づけは、活動によって得られる外的な報酬と結びついているに過ぎない。この根本的かつ本質的なポイントをついている内容です。
何より第3の(内発的)動機付けに基づく行動は自律性が高まる。このため、熟達するための努力を惜しまない。子供の頃の経験から、直観的にも理解できます。それ以上に社会などの利益に貢献する永続的な目的を求めるようになると言われています。だからこそ、従来は見栄えの良いアクセサリーにすぎなかった会社にとってのWhy(パーパス)の位置づけの重みが増し、How(エンゲージ・マネジメント)に落とし込む大切さが着目されている。
大切なポイントは(会社のパーパスがあってそれを実現する手段として社員がいるのではなく)、個人のパーパスがあってそれを実現する場として会社があるという捉え方。この本質的な転換にマネジメントのバージョンアップではなく、アップグレードが求められている。そう考えています。