◆第40回(仕事の“自分事”化)

2023年3月期決算から上場企業には人的資本の開示が義務付けられ、人的資本への注目が一層高まっています。開示の義務化もあり、外部開示(形式)に目がいきがちになりますが、実践(実質)に力を入れ、本質的な企業価値の創出につなげていくことが大切だと考えています。

中でも、労働生産性に大きく寄与するとの検証成果もあり、従業員のエンゲージメントを向上するための取組みが活発化しています。

はじめのステップは、メソドロジーを用いてエンゲージメントを数値化(測定)し客観的に把握することです。弊社では、この測定メソドロジーなどを整備し、そのご支援を進めています。まずは、自社従業員のエンゲージメントを様々な角度から見える化し、何を強化すべきか、何を見直すべきかを明確化する部分です。

次のステップは必要な対策を検討し、その対策を実施していく部分ですが、ここで大切なことはエンゲージメントのモニタリング(測定)を継続することだと考えています。「課題」と「対策」、「対策」と「効果」が間接的かつ複合的な関係となるため、その因果関係を並行して検証し続けていくことが強く求められるためです。経産省からでている伊藤レポートの中で”データドリブンなマネジメントへの転換”を強く打ち出している背景に、ITなどの技術的な進化を意思決定の高度化につなげていくべきとの強い意志を感じます。人的資本に関するマネジメント・レベルの向上を強く意識しているためだと認識しています。

一方で従業員のエンゲージメントを高めていくアプローチは、多種多様です。課題が人・組織に絡み合うもので、それに影響を与える企業風土や事業モデルは各社各様なためです。但し、モチベーションは個人の成長のために、エンゲージメントは会社の成長のために、という違いを踏まえると、エンゲージメント向上で最も大切なポイントは仕事の”自分事化”だと考えています。会社のパーパスと個人の意思やキャリアとの共通項探しと言い換えることもできます。

このような説明をする際に私が用いているのが以下の図です。縦軸にビジョンやパーパスといった会社の意義の「解像度」を、横軸に従業員への「浸透度」を取ったものです。

エンゲージメントの測定を通して課題を可視化しますが、(上述の通り)その対策は多様です。上の図ではこの対策が、大きく分けると3段階になるという点も表現しています。エンゲージメントが低い企業には、まず(左下の)「パーパスの明確化・発信」を進めてもらう。次に「事業や部門単位での具体化・対話」を仕組み化し、より実態に則したパーパスの再定義を促す。最後は(上司との1 on 1ミーティングなどを通して)従業員に「(個人の)自己探求と(会社としての)パーパスの統合」を促すアプローチです。

少し補足します。「パーパスの明確化・発信」は解像度でいうと全社レベルの表現となり、ある程度の企業で既に策定されています。一方でその浸透度は、企業によりかなり異なっている認識です。このため、浸透度(横軸)は「認知」レベルの会社もあれば、正確な「理解」レベルの会社までと幅がある。次が、そのパーパスを事業や部門、または多国籍企業であれば地域(リージョン)にブレークして、従業員との対話を通して「現場化」し、「納得」してもらう取り組みです。既にエンゲージメント・マネジメントの重要性に着目している外資系の会社では取り組みが活発です。最後は、解像度を「個人」レベルにブレークするステップです。まず「個人の働く意味・目的」を改めて明確化する。それと会社のパーパスとの共通項を見出す。これにより、仕事を(会社ごと、他人事ではなく)“自分事”にする。限られた検証結果ではありますが、この仕事の“自分事”化が、従業員のエンゲージメント向上にとても強い相関性を持つと認識しています。

一方で(上記で「まず…」と記載した)「個人の働く意味・目的」を明確化することに難航するケースが多いと感じています。背景はいろいろあると思いますが、優良企業であればあるほど、終身雇用を前提に自らのキャリアを会社に委ねる傾向が強いため、強かったためだと考えています。逆に若手層で増えているのが、キャリアを自ら設計し、それを軸に会社を選び、戦略的に経験を積むことで成長する層です。後者に対応するために、会社側もさまざまなキャリアオプションを整備し、そうした変化に対応し始めています。仕事の自分事化に向けていい流れですが、課題は前者(キャリアプランを会社に委ねてきた)層をどう動機づけるかです。リカレントに力を入れ始めてはいますが、その前に一人ひとりの「働く意味・目的」を改めて考えてもらうことが重要だと考えています(少し脱線しました)。

エンゲージメントの状況に応じた大枠の対策例を3ステップで例示しましたが、最後の3ステップ目となる、従業員の仕事を“自分事”にすること迄をゴールとして活動することがポイントです。そのために会社としてのメカニズムを作り、継続していくことが、大切です。弊社ではこのメカニズムをつくり、定着させていくご支援に加えて、エンゲージメントを高めるドライバー(重要な要因)を可視化しながら、次なる一手を考える取り組みも進めています。

各ドライバーは、大きく「社風」、「制度・仕組み」、「運営」、「上司との信頼」の4つの軸をブレークしたものを用いています。特に「上司との信頼」は(上記の仕事の自分事化と合わせて)エンゲージメントとの相関性が強く、企業業績にも大きく影響することが立証されてきているため、各社が強化し始めています。これを受けて、今後ますますマネジメント層向けの研修が広がっていくと想定しています。

社会やビジネス環境にも影響を受け、かつ企業の特性や目指している方向性に応じて調整は必要ですが、従業員の貢献意欲を高めるという目的は変わらない。一人でも多くの方が、仕事を単なる稼ぐ手段ではなく、「生きがい」とまでは言わずとも「やりがい」を感じられるようにするお手伝いがしたい。そう考えています。