◆第48回(知性レベルの成長)

大きな文脈で捉えると「工業化社会」から「情報化社会」または「知識社会」といわれる社会への転換が進んでいます。この転換の影響を受けてビジネス側面で大きな変化が起こっています。考え方の基点が、「企業」から「消費者」に大きくシフトしている部分です。具体的には、技術力に基づく高い品質・性能(モノ)による差異化は難しくなり、利用者の体験(コト)を高める取り組みに、その重みが移行している部分です(氷山のイメージで記載した下図ご参照)。

この影響が企業の行動、すなわち「指揮系統」や「組織間連携」のあり方などを見直すよう促しています。一方で、こうした行動変容を阻害する大きな要因に「失敗を許容しない」文化があります。企業の深層に眠るマインドセットです。簡単ではありませんが、大きな構造転換に対応していくためには、このマインドセットを見直していくことが肝要です。

このパラダイム転換と歩調を合わせて見直していく必要がある点に、企業内の立場に応じた「役割」があると考えています。あくまで私の認識に基づくものですが、これまで(過去)を「成長期」、これからを「成熟期」ととらえ、経営層・ミドル層・現場に最も求められる役割を整理したものが以下の図です。

従来の経営層には、企業活動の行き先を示して会社を導いていく「予測力」(戦略・計画立案力)が重要でした。この部分が、社会の成熟や環境変化(上述した基本志向の変化など)に応じて、会社を変化適応させていく「変革力」にシフトしていると捉えています。同じく、ミドル層も従来の「コミットメント力」(統制力)から「人活力」にシフトしています。この人活力とは私の造語で、“部下を動機づけて成長を促しつつ、その活動を会社の付加価値創造・成果につなげていく能力を指しています。一方で、現場に求められる「オペレーション力」は(日々の改善・効率化の取り組みとセットで)変わらずに求められ続けています。従来から日本企業が優れていると言われてきた現場のオペレーショナル・エクセレンスの部分は継続して維持しつつ、経営層とミドル層は求められる役割を変質させていく必要がある。そう捉えています。

もちろんミドル層に求められる役割は多様です。しかし、最も変化している本質的な部分は(上記の意味における)「人活力」になると考えています。それは上述の基本志向の変化でも記載した通り、モノからコトへの転換によって自社資源の重要性の重みが「ハード」から「ソフト」すなわち人的資本にシフトしているためです。無限の可能性のある人の知恵・知識、およびエネルギーを組織として最大限にいかしていく能力とも言えます。

極論すると、情報化社会では(工業化社会で強く求められた基準・標準などに基づく確実性ではなく)「アイデア」と「スピード」がものをいう。このためにGoogleのプロジェクト「アリストテレス」で検証され、広く知れ渡った心理的安全性といった企業風土の醸成が有効であり、統制による強制は逆効果となってしまいます。「アイデアやスピード」は従業員の熱意に強く比例するためです。

無形資産への投資、その中でも人的資本への投資の重要性が高まっています。労働人口の減少や働き方改革の文脈による説明がされる部分でもありますが、本質は、『企業の競争力』(比較競争優位)の源泉が無形資産(人的資本)に移行しているためだと考えています。

一方、ミドル層にとって「人活力」が重要になっているとして、それをどうとらえたらよいのか。どのように強化していくのがよいのか。私ももちろん思い悩み、考え続けている一人ですが、そのように思い悩んでいる際、1つの出会いがありました。ロバート・キーガン博士による『成人発達理論』です。

一般論としての成人発達理論は、知識やスキルを発動させる根っこにある知性や意識そのものが、生涯を通じて成長・発達を遂げるという前提認識のもと、人の成長プロセスやメカニズムを解明する学問領域のことです。心が成長すると、視野が広がり、物事の深みや機微を認識できるようになり、結果として部下の育成などを促せるという考え方につながっています。

キーガン博士は、「知性のレベル」と「時間」を2軸にとった発達段階を明示しています(下図ご参照)。

最初の段階の「指示待ち」「指示依存」の状態(環境順応型知性)から、真ん中の「課題設定」「自律的解決」の段階(自己主導型知性)に進むのは分かりやすいですが、最終的な段階(自己変容型知性)で「問題を発見する知性」を最上位に位置付けている。この部分は、とても興味深い考察です。

この知性の発達段階を認識した上で、お伝えしたかった本題は、「理想の組織」に関する捉え方の部分です。

これまでの工業化社会においては(真ん中の)自己主導型知性を持つ「自立するリーダー」が(最初の段階の)環境順応型知性を持つ「忠実なプレーヤー」を統制する。これが理想の組織でした。しかし、現在進展している知識社会においては、皆が(真ん中の)自己主導型知性を持つ「自立するリーダー」に成長する必要がある。そして、それを支援する(最終段階の)自己変容型知性を持つ「学習するリーダー」が組織のマネージャーとして支援(フォローアップ)する。このような組織こそ、これからの組織の理想像と言えるのではないか、という点です(ロバート・K・グリーンリーフ氏の「サーバント・リーダーシップ」との関連性も感じます)。

整理すると、上述した「人活力」とは、自己変容型知性を持つ「学習するリーダー」に求められている能力に限りなく当てはまるものではないかと捉えており、これがミドル層に求められる必要要件になってくる。但しそれだけではなく、現場の担当者全員に(環境順応型知性をもつ「忠実なプレーヤー」から)自己主導型知性をもつ「自立するリーダー」に育ってもらうことも、十分条件として求められる。

無形資産の中でも、特に人的資本の重要性が見直されている背景もあり、企業はどのようにその価値を磨き高めていくのか。この問いに真摯に向き合う必要性が高まっています。その方策は多岐に渡ります。そうした中で、上記のロバート・キーガン博士の理論は、少なくとも有力な考え方であり、とても参考になる。そう考えています。

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