◆第49回(組織が持つべき「学習システム」)
企業として創造力が求められるようになっています。技術の進化により、社会インフラや規制・業界慣行などの変化が大きく、従来のビジネスがいつまで、そのままの状態で続くのか見通せないためです。現行ビジネスで稼ぎつつ、一方で新たなサービスや事業を創出し、次につなげていく必要がある。
しかし従来のビジネスを継続するために求められる組織要件と、未来を見据えて次のビジネスを創出するために求められるそれには、大きな違いがあります(下図ご参照)。
<図>
これまでのビジネスもそうでしたが、従来のビジネスを継続するためには「実行力」が求められます。一方で、これからのビジネスを創出するためには「創造力」も求められる。そこで求められる組織要件が真逆のような関係性にあります。特に根底にある重要なメカニズムが異なる。そう考えています(下図ご参照)。
<図> 根底にある重要なメカニズム
さらに、組織風土の観点から比較してみたものが以下の図です。
<図>
組織要件に応じて、求められる組織風土は全く異なります。但し、どちらか片方が良い悪いという議論ではないと考えています。これからは新事業の創出が必要だとして、完全に現行の組織を否定するような主張も目にしますが、それはそれで実行力が失われてしまい、全体感が欠けているように思います。大抵の企業では、この両立が求められているためです。
一方で従来型の(図の左側の組織風土を持つ)会社・組織で、(図の右側の組織風土が求められる)新たなサービス企画や新規ビジネス創出を推進した結果、望ましくない結果に陥るケースが発生していることも事実です。逆に、この風土の違いを認識した上で、別会社や社長直轄の組織で風土が異なるという理由から完全に切り分けて推進するケースもありますが、まだレアです。加えて、課題が生じます。新たな組織風土を比較的クイックに醸成できるものの、自社の持つ蓄積してきた多様な資源を十分に活かすことができない状況に陥り、よりよいサービスや事業の創出につながらないためです。
同様の内容を別の角度でとらえた経営理論に、チャールズ・A・オライリー教授による『両利きの経営』があります。経営者は、知の進化(自社資源の強化)と知の探究(自社にない資源の探索)の両方をバランスよくマネジメントすべきという内容です。日本企業は知の進化に固執しすぎてきたため、知の探究に目を向けるきっかけとなりました(下図ご参照)。
<図>
しかし、そこで論じられている経営層の認識やマネジメント手法だけで上手くいくほど話は単純ではありません。もちろん経営層の認識や経営管理の仕組みも必要です。それに加えて、少なくとも知の融合を促す仕組みや仕掛けが十分条件として必要です。制度やルールを整備する企業も増えていますが、それも必要ではあるものの、十分ではないと感じています。
やはり知の融合を促すには、人・組織、すなわち組織風土に着眼した対策が必要です。Googleのプロジェクト「アリストテレス」で検証・実証された組織における心理的安全性の確保は言わずもがな、その次のステップです。
弊社では(既に本ブログでもご紹介させて頂きましたが)、知の融合を促すために①チーム・ビルディング(共感する組織づくり)、②チーム・エンゲージメント(自走する組織づくり)、③チーム・エンパワーメント(学習する組織づくり)という3つのステップアップが必要だと考えており、そのご支援を行っています。①だけでも②だけでも不十分で、③のステージに行き着かないとなかなか知の融合を促すに至れないと感じています。言い換えると、ある程度の時間はかかるものの、知の融合を促すためには3ステップ目となる「学習する組織」までのステップアップが必要です。この点、米国の教育学者マルカム・ノールズが組織を「生産システムであると同時に学習システムと捉えるべきだ」と主張していますが、今の時代に適した定義だと思います(私が好きなロバート・ウォーターマンの言う『結局は人こそ最高の資源であり、企業は成長の場である』という言葉にも相通じていると考えています)。
整理すると、現行事業を継続するために「実行力」を求める組織に、新たなサービスや事業を創出するための「創造力」を加えることは、組織要件や組織風土の観点から矛盾が生じる。この根本的な違いを経営層が理解した上でのトライアルも行われており、必要なルールや制度づくりも進んできた。しかし、知の融合でいう“知”はそれぞれの人の頭の中にあり、これらを組織的に融合していく部分に課題が残っている。なぜなら制度やルールなどによる対応も必要だが、それだけでは十分ではないため。人・組織に目を向け(「生産システム」の側面に加えて)「学習システム」という側面から捉えた対策が必要。但し、残念ながらまだ十分な対策が取られていない。
もちろん、この2つのシステムの両立はとても難しい。しかし各企業は、この両立に向けて真正面から対峙することが求められています。だからこそ、皆が学び成長していく組織づくり(に向けた仕組みや仕掛け)が必要な状況にある。
この部分は、少し堅苦しくなりますが、ヘーゲルが定式化した弁証法で言うところの「アウフヘーベン(止揚)」が求められていると言えます。これまでの秩序が<正>、破壊が<反>だとすると、<合>、すなわちその両方を包含する、より高次の価値観を目指すという思考法です。
この立場を取れば、現在と将来の両方に求められる価値観を、矛盾も包含しつつ自由な発想を取り込みながら、より一段高いレベルへと進化し続けることになる。仕組みや制度だけではなく、人・組織の成長が求められている。「あれか、これか」というデジタルな発想を超える思考法こそ、今の日本の組織に強く求められている。そう考えています。