◆第50回(成長を促す『振り返り』)

以前(第26回ブログ)、VUCAという時代背景もあり、精密な計画を立てることが難しい。このため、ある程度の計画を立てて、実践しながら状況に応じて軌道修正するマネジメントスタイルが効率的だというお話をさせて頂きました(第25回ブログ)。このアプローチにはもう1つメリットがあります。それは社員が実践から学びを得られることです。トライアル&エラーならぬ、トライアル&ラーンですが、現在のビジネス環境ではとても重要な行動特性の1つだと考えています。

また、実践からの学びを個人のみならず、組織的な学びにつなげていくために、ダブルループ・シンキングという考え方もお勧めさせて頂きました(第39回ブログ)。今回は、これに関連する内容について、少し理論的な補足をさせて頂ければと思います。

 それは「経験学習(Experimental Learning)」という経営理論です。経験学習とは、人は(1)挑戦を含むような経験(背伸びの経験)を積み重ね、(2)そこで起こった出来事を内省することを通して、自分の能力やスキルを高めることができる、と考える人材開発の中でも最も基礎的かつ普及している理論の1つです。

そのルーツは、今から100年以上前の思想家ジョン・デューイの発想にあると言われています。彼は「プラグマティズム」という米国人の最も基盤をなす思想をつくり上げた方です。プラグマティズムとは、「物事の真価とは行動の結果によってこそ判断しうる」という思想です。人種のるつぼと形容される多様性あふれる社会の米国で、観念対立・信念対立を避けるための知恵として普及していきました。物事の真価とは行動の結果なので、プラグマティズムで理想とされる人間観は「環境に主体的に働きかける行動的な主体」になります。この人間観は人材開発や組織開発の基盤をなすものとして、色濃く反映されています。ジョン・デューイは人間を「知識やスキルを受動的に伝達される存在」というよりも、「能動的に環境(他者・物事)に働きかける存在」として捉え、私たちはその働きかけにより「経験」を積むことを通して、自ら能力を高めていけるのだとしました。これが後に「経験と学習にまつわる理論」に発展していきます。

これをビジネス界に普及させたのが、ケースウェスタンリザーブ大学のディビッド・コルブ教授です。コルブ教授は、デューイの「経験と学習にまつわる理論」を、下の図に示す4つの要素に簡略化して、「経験学習サイクル」と呼ばれる簡易的な循環モデルをつくりました。このモデルは1990年代に広く普及します。

<図> コルブの「経験学習サイクル」

この「経験学習サイクル」の4つの要素は以下の内容になります。

①具体的経験

はじめの「具体的経験」とは、文字通り人間が環境(他者・人工物など)に働きかけることで起こり、人々が知覚する出来事です。私たちは常に、自ら誰か・何かに働きかけることによって、様々な経験をしています。経験と学習の理論では、「経験」が全ての学習の起点になっています。

なお、人材開発の観点から「具体的経験」という概念を用いるときには、もう一歩踏み込んだ意味を持つものとして使われる傾向にあります。それは、具体的経験には「個人が今持っている能力を超えて、こなさなければならない挑戦的な業務経験・職務」という意味が含意されるという点です。

要するに、従業員の能力を伸ばすためには、「背伸び」を行えば何とか成し遂げられるような「ストレッチの経験」が重要であることを示しています。

②内省的考察(振り返り)

2つ目の「内省的考察」とは、「経験を蓄積した個人が一旦(仕事の)現場を離れ、自らの行為・経験・出来事の意味を俯瞰的な観点、多様な観点から振り返ること、意味づけること」を指します。人は単にストレッチの経験(タフ・アサインメント)に取り組むだけでは成長を実感できません。人が仕事の上で成長を遂げるためには、折に触れて「振り返り」を行っていくことが重要です。

より実践的には、1つのプロジェクトや仕事を終えたときなどに、ひとり一人のビジネスパーソンが(1)自分の仕事において、どのようなことが起こったのかを描写し、(2)その上で何が良くて何が悪かったのかを考え、(3)今後や近い将来にどのような行動を取っていくかを考える時間を持つ、ということです。

この点、プロのスポーツ選手で実践されているという方のお話を聞く機会も多く、この(内省的)考察の深さ・精度が成長と密に関連していると考えています。

③抽象的概念化(ルールづくり)

3つ目の「抽象的概念化」とは、人が自らの具体的経験を内省することを通して、それらを一般化・概念化・抽象化し、他の状況でも応用可能な知識やルール、ルーティーンを自らつくり上げることを指します。

こうしたルールやルーティーンをつくるためには、内省的考察のプロセスにおいて、自らの経験を「メタ(上位概念)」から眺め、そこに通じる原理・原則を見つめていくことが重要になります。このように経験学習モデルにおいて、学習とは経験-内省のプロセスを通じて、経験そのものを変換し、自らに適用できる仕事のルール・知識をつくりだすプロセスとされています。

④能動的実験(トライアル)

最後は「能動的実験」です。経験学習プロセスでは経験を通して構築された自分のルールがアクションに移されてこそ意味があります。アクションがなされれば、結果が生じます。その結果が満足いくものであれば、それをさらに繰り返して実践していけばいいし、結果が満足のいくものでなければ、さらい内省を進めて、よりよい結果のためには何を行えばいいかを考えます。

昨今、様々な企業で「1 on 1」など、上司と部下の定期面談が行われるようになっていますが、この経験学習プロセスを意識的に取り入れ、部下の振り返りを促す、振り返りの質を高めることが重要だと考えています。

その意味で、従来のOJTのような業務支援や、メンターを配置して精神面をケアする精神支援に加えて、部下の振り返りを促す内省支援と捉えることができ、この重要性が高まっている。個人や組織といった人的資本への投資が着目されてきました。しかし、形式的ではなく実践的なものにするためにも、このような理論への理解を深めることが重要だと考えています。

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