◆第11回(率直なフィードバック)
現在はスタンフォード大学で研究を行っているエリック・ブルニョルフソン氏による『インタンジブル・アセット』が出版されたのは、2004年でした。IT投資と生産性の相関関係に関する原理の追究を試みている本です。一言でいえば、IT投資による効果創出のためには、「組織投資」(正確には組織的資産への投資)が大切だという内容です。
※組織的資産には、人的資産、ビジネスプロセス、企業文化などが含まれていて、著書名はこれらが財務会計で数値化されていない点を踏まえたものです
但し、基本的にマクロデータに基づく定量的検証が中心であり、「そのためにどうしていくべきなのか?」といった具体的な対策は、ほとんどありませんでした。強いてあげれば、あるべき像を「デジタル組織」と命名し、その組織が持つべき7つの原則を提示されています。参考までに列記すると、以下の7つです。
①アナログからデジタルの業務プロセスに移行すること
②意思決定責任と決定権を分散すること(人材育成の観点)
③社内の情報アクセスを促進し、コミュニケーションを活発にすること
④年功序列ではなく、個人の業績に基づいた給与体系にし、業績に基づいた報奨制度とリンクさせること
⑤事業目的を絞り込み、組織の目標を共有すること
⑥最高の人材を採用すること
⑦人的資本に投資すること
①は今となってはITの位置づけの変化もあり、③や⑤を含めて「必須要件」と捉える企業が増えてきたと思います。②④⑥は組織の制度設計に関するものであり、現在も各企業で「試行錯誤」が続けられています。残るのが⑦「人的資本に投資すること」であり、この部分が最も曖昧です。言い換えると、この部分のHOWがさまざまな実務家や研究者によって実践・研究されてきています。
この議論の出発点に、リーダーシップ論として「経営トップの意思」だと片付けてしまう傾向も多いのが事実ですが、それだけでは考察から得られる知見しかり、取りうる対策も難しい。チャールズ・オライリー教授の「両利きの経営」のようなポートフォリオ型の経営マネジメントの視点とも違う。私はアプローチや技法と言うより、思想に基づく中長期的な取り組みが必要だと考えています。
このように考えている中、先日、書籍「NO RULES」に出会いました。Netflixの創業者であるリード・ヘイスティングス氏自身が執筆されたものです(フランスINSEADのエリン・メイヤー教授との共著)。現在、形成されているNetflixの独自の文化がどのように形づくられてきたのかを、創業当時からの紆余曲折も赤裸々にして語られています。
私はこの本で、上述の「⑦人的資本に投資すること」につながる大切なエッセンスを再認識しました。それは投資や制度云々以前の、人間の本質を洞察している以下の捉え方です。
「人は率直さを嫌う。でも本心では求めている」
批判されることが好きだという人はまずいません。しかしさまざまな研究で、たいていの人は真実を聞くことの大切さを本能的に理解していることが分かってきています。リード氏自らの経験も踏まえて、「率直なフィードバック」が如何に重要か、そこから(しかるべき人には)得られるメリットが如何に大きいかという点を基本思想とする組織づくり。この思想に基づく取り組みをぶれることなく進めてきたことが、結果として今のNetflixを形づくる制度や風土につながっていると感じました。
Netflixには、カルチャーづくりのために「Netflix Culture Deck」(1スライド1センテンスが記載されたスライド集)があります。その中に採用さているものの1つに「上司を喜ばせようとするな 会社にとって最善の行動をとれ」というものもあります。まさに組織運営の根幹につながるルール(指針)だと思います。日本流でいうところの360度評価の仕組みも運用されているようですが、迅速かつ適切に運用され実効性を高めているようです。その前提となる基本思想が明確だからだと思います。
私は、組織設計に「人の意識・感情への洞察」を加味することも重要だと考えています。外発的に動機付ける方法も一理ありますが、内発的な動機付けの威力は計り知れない。目標管理といった制度、モチベーション・マネジメントといった表面的な取り組みではなく、組織の中の一段深いレベルに魂を埋め込むような取り組みです。
言わずもがな、人は自分で意思決定を下すことができる仕事を望み、そのような状況下で力を発揮すると考えるためです。コロナの影響もありますが、それ以前から採用や人事評価、副業、雇用形態、雇用期間など新たな制度設計をどうすべきか、多くの企業が問われています。遠回りに思えるかもしれませんが、「基本思想」をクリアーにし、これを踏まえた制度設計を進めることが、よき企業風土を醸成していくと考えています。