◆第16回(挑戦の組織化)
以前(第12回ブログ)、「変化創造」を育む土壌づくりについて本ブログで発信させていただきました。「変化抵抗」という日本企業に根深く潜むボトルネックを打破するためには、経営幹部、特にミドル経営幹部向けの「挑戦の場づくり」と「機会付与」が大切だという内容です。
しかし挑戦機会の選択肢が提供され、やる気をもった挑戦者がそれに挑んでいくとしても、ひとりでは進めていくことはできません。内部および外部の関係者を巻き込み、『新たな関係性』を築きながら進めていく必要性があります。今回はその際に有効な方法だと考える内容について、論じたいと思います。
私が着目しているのは、ナラティブ・アプローチです。ここで言うナラティブとは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組みのこと」です。詳細は、ケネス・J・ガーゲン、メアリー・ガーゲン夫妻による『関係からはじまる』、『現実はいつも対話から生まれる』、『あなたへの社会構成主義』にお譲りするとして、ここでは簡単にご説明します。
このナラティブ・アプローチは、ガーデン氏らが掲げる社会構成主義という思想に基づいています。社会構成主義とは、私たちにとっての常識は、常識を共有する人々とのやり取りを通じて作り出され、そのやり取りを通じて常識が再生産されるという考え方です。現実は社会的に構成されているという意味で、社会構成主義という呼び名になっています。
私はこの思想の出発点にこそ、最も大切なポイントがあると考えています。それは、「批判をするのは、問題をよりよいものに変えていきたいからのはず。それなのに、批判に留まり続けるのは本来の批判が目指しているものから、外れているのではないか」という素朴な疑問です。だからこそ、「さまざまな問題が存在している現実を、どのように変えていったらよいのか」というテーマを追究していきます。
社会的ということを紐解いていくと、これは私たちの日常の会話にいきつきます。つまり、日常の言葉を交わす会話を通じて、私たちは現実を作りだしているのです。だとするならば、この言葉を変えていくことによって、現実を変えることができるのではないかと考えられます。これが、ナラティブ・アプローチの哲学的な意義だと思います。
※この点、経営学における組織論の主軸もハードなもの(組織や制度)から、よりソフトなものにシフトしており、まさにナラティブ・アプローチはこの範疇だと認識しています
本題に戻ります。新たなことに取り組む場合、それが大きな変化を伴うものであればあるほど、必ず抵抗する層が現れます。その際、どうするのがよいか。どこから変化を起こしていったらよいのか。ナラティブ・アプローチでは、当然ですが諦めたり、抵抗する層を切り捨てたりすることではありません。「新しい関係性を構築すること」です。
そして、いくつかのステップを踏みつつ進めていきますが、スタート・ポイントが最も重要です。それは「”相手”のナラティブの理解」です。相手が見えている世界・価値観・制約などを深く理解することです。その上で、「相手のナラティブに自分の身を置いて」考える。ここを疎かにせず、しっかりやることが何よりも重要です。企業は多くの人々で構成されているため、「挑戦を組織化」するステップとも言えます。
この点、MIT(マサチューセッツ工科大学 スローン校)のC・オットー・シャーマー博士が提唱されている「U理論」にも相通じています。過去の延長線上ではない変容やイノベーションを個人、ペア(1対1)、チーム、組織、コミュニティ、社会のレベルで起こすための原理と実践の手法を明示している理論であるため、当然と言えば当然です。U理論では、コミュニケーションの種類を①Downloading、②Seeing、③Sensing、④Presencingという4つの段階に分けて解説されます。②のSeeingが「自分の考えを保留」して相手を観察し、③のSensingで「相手を感じ取る」という考え方をとっているためです。この③を「対峙している相手の”目玉”から世界を見る」と表現されています。このステップを通すことで、相手への共感、相手からの共感が高まり、お互いの「内省的な対話」にスムーズに移行できるとされています。
整理すると、新しい取り組みを進めるために組織を大きくドライブしていくには、「挑戦を組織化」する必要があり、そのための最初のステップが最も重要。それは「新しい関係性を構築すること」であり、ポイントは「”相手”のナラティブの理解」と「相手のナラティブに自分の身を置いて」考える点です。
このステップを踏んでから「共通の成果設計」を行えれば、新たな関係性の中で強力な支援が得られる。そして、自分だけでは気づかなかったより本質的な取り組みにつなげていける。少なくともその可能性を格段に高められる。そう考えています。