◆第21回(適応課題に対処する回路づくり)

 私が日ごろから考えている究極のテーマの1つに次のものがあります。現在のように(正確には現在だけではありませんが・・・)環境や技術が大きく変化している時代に、組織や人材がそれに対応していく、組織や人材が絶え間なく成長していくようにするにはどうすればよいのか?というものです。

 本質的には、「自己変革を自ら成し遂げるメンバーを増やしていく」ことに尽きると思います。但しそのためにも、そうした行動を喚起するために個人の心に火をつけることが、リーダーシップの1要素として重要性が高まっていると感じています。

 こうした成長を促すリーダーシップを研究されているロバート・キーガン博士の『Immunity to Change』(日本語訳では『なぜ人と組織は変われないのか』)を読みつつ考えています。今回は、この内容について論じたいと思います。この本の中で、「リーダーが取るべき7つの行動」が示されています。下記の7つですが、1つ1つが含蓄に富んでいる一方、手強いものです。

  1. 大人になっても成長できるという前提に立つ
  2. 適切な学習方法を採用する
  3. 誰もが内に秘めている成長への欲求を育む
  4. 本当の変革には時間がかかることを覚悟する
  5. 感情が重要な役割を担っていることを認識する
  6. 考え方と行動のどちらも変えるべきだと理解する
  7. メンバーにとって安全な場を用意する

 今回、上記の②(適切な学習方法を採用する)と⑤(感情が重要な役割を担っていることを認識する)の2つについて考察してみたいと思います。

 まず②(適切な学習方法を採用する)に関して。昔からですが、多くの組織で採用されている能力開発の方法論は、技術的課題(既存の知識・方法で解決できる問題)を解決するための技術的手段に関するものが多いと思います。一方で、現在もとめられる能力開発には、適応課題(人や環境、その関係性などの中で生じる問題)を解決するための能力向上が求められていると思います。究極的に適応課題は、「人はお互いにわかり合えていないことを認める」ことが起点となり、それを認識した上で対話を通して解決していくというものです(なお、この「技術的課題・適応課題」という分類は、元ハーバード大学のロナルド・ハイフェッツ教授によるものです)。そしてそのポイントとして、リーダーが犯す最も大きな過ち、そして最も頻繁に犯す過ちは、適応を要する課題を解決しようとするときに技術的手段を用いてしまうことだと指摘されています。

 例えば証券サービス業の営業の場合だと、従来は会社のアナリストが分析した予測データが拠り所にあり、それを分かりやすく説明する会話力で十分でした(情報の非対称性が強み)。しかし小口顧客との取引は機械に代替され、大口顧客も優れた情報を自由に入手できる状況に至ったため、より深い対話力が必要になっているといったものが挙げられます。

 その意味で、現在における適切な学習には「人・組織の変容を伴う学習を推し進める場」という要件が強く求められると考えています。こうした学習上のニーズに組織は今後どう対応していくのか?これが今の日本企業に問われていると感じています。ただ他方で、今のままではまずいものの、世の中に提供されている選択肢が限られているという認識の方も多いと思います。極論すると問題の原因は、子供向けに開発された学習方法論が大人にも有効だと無意識に決めつけていることかもしれません。教室型研修の設計者や講師は、人が行動を変えるために必要な学習をおこなう機会をあまり提供しようとしないためです。

 しかし、この適応課題と対峙する能力開発のためのアプローチは何も研修である必要はないと思います。むしろ足元を見ると、有力なアプローチだと改めて感じるのが「組織学習」です。このように考えるポイントを以下に記します。

 理由としてこの方式であれば、参加者たちは共通の目的や使命を持っていて、それを学習と密接に結びつけることができます。またメンバーはいつでも一緒に、自分のためにも仲間のためにも改善を促していくことが可能と言えるためです。

 この本質的な価値は、チーム力の強化のみならず、『新たな回路』が確立できる点にあると言えます。定期的に、あるいは必要に応じて随時、業務遂行モードから学習モードに転換できるためです。今後ますます重要となる適応を要する課題に対処する回路づくりとも言えます。

 この点、学習を基本的に業務と完全に切り離されたものとみなしている組織と、学習を日々の業務遂行の一部に組み込んでいる組織がありますが、こうした垣根を取り払う(後者の状態にしていく)ことがとても大切なポイントだと思います。

 そのためにも、⑤(感情が重要な役割を担っていることを認識する)が重要と言えます。それは個人の重要な感情がテーブルの下に隠されたままでは集団レベルの学習を促進する上で、大きな学習の妨げになってしまうためです(今回のブログでは、この部分の因果関係の説明は割愛させて頂きます)。

 昨今、事業環境の変化に対応するために、あるいは新たな事業創出のために、組織内の「情報共有」だけではダメで「情報創発」の仕組みづくりが重要だといった点がよく語られています。この点を改めて遡ると、日本には野中郁次郎教授の「知識創造」理論があります。解明された内容は言葉の通り知識の創造メカニズムでしたが、実はそこで前提となっていて敢えて語られていない部分があります。それは組織学習という風土です。リーダーのみならず、メンバーも当たり前に実践していた部分です。ホンダのワイガヤや京セラのコンパといった仕掛けを用意している企業もありますが、年功序列・終身雇用という制度の結果、会社員はみな家族という時代背景もあり、皆が意識的にやる必要もない組織学習の姿が存在していたように思います。

 言い換えると、今一度この部分からの再考という視点から捉えられると思います。適応課題というまでもなく、組織学習の意義が高まっているためです。整理すると、リーダーの取るべき行動の中で論じられている②(適切な学習方法を採用する)を現在に当てはめると、それは組織学習が有力なオプションであり、もともと日本企業では力強く実践されていた。またそれを実践する組織では、その前提となる⑤(感情が重要な役割を担っていることを認識する)が意識、無意識を問わずに充足されていた。昔やっていた、出来ていたことが弱まっている一方で、今こそ重要なのではないか。このように感じています。