◆第24回(関係性の質)

 DXの推進は、変革の程度が大きいというだけではなく、既存の組織資産(制度、ルール、慣習など)との「縺(もつれ)」が複雑である点が、その推進を進める上でのネックになる傾向がみられます。論理的に整理することが難しく、相互に広範囲に渡って影響を与え合うため、その影響範囲の特定が難しいためです。

 だからこそ逆説的にも思えますが、強力なトップダウン型で業務改革型のシステム導入を推進してきた企業の方が、その難しさを語られます。業革と併せて組織や組織資産の見直しを推進したものの、現場からの抵抗にあって難航し、その揺り戻しを経験されているためです。結果として、当初想定した効果を十分に創出できない上に、IT投資が冗長になっている、と。こうした抵抗は、DXの推進に限らず、新サービスや新事業の創出を推進する際にも起こりえます。

 良い部分・悪い部分の両面がありえるのですが、組織の維持機能が強く働くためです。変化に対する組織的な抵抗は世界中の組織が抱える課題であるものの、日本企業はその傾向が顕著のようです(IMDによる世界競争力ランキングの「企業の順応性」の評価結果<最下位>に基づき記載)。

 言い換えると、IT投資だけではなく組織や組織資産の変革も求められるDXの推進は、日本企業との相性が非常に悪い。

 では、どうしていくのがよいのか。改めて実感しているのは、元々日本企業が強みとしていた、組織内(人と人)、組織間の『信頼(絆)の回復』です。この点、工業化社会から知識社会に変化したことによってマッチしなくなった部分の見直しこそ行うべきですが、それは行われず、逆に強みの部分を弱体化する施策が強化されてきたように感じているためでもあります。

 これは私だけの感覚ではないようです。例えば、ピーター・ドラッカーは『ポスト資本主義社会』の中で、最も価値ある資産は、21世紀の生産設備から、21世紀には知識労働者になる。この生産性向上にこそ投資すべきだと発信しています。また、経営学の権威ヘンリー・ミンツバーグが2013年に来日した際、「私は、80年代の頃から日本的経営のファンでした。日本ではコミュニティという概念がしっかり根付いており、社員と会社の間の深いエンゲージメントを生み出していました。しかしその後に成果主義を導入し、役割を明確化した結果、組織全体のために役割を超えた仕事を率先して行うといった慣習も薄れてしまいました。」と指摘しています。

 変化が激しく、変革を伴う取り組みが必要な今だからこそ、従来の日本企業の強みであった組織内&組織間の「信頼」の回復がとても大切だと考えています。

 この取り組みを進めていく上で、本質的に重要だと考えているのは、MIT組織学習センターの創始者の一人であるダニエル・キム博士による「組織の循環サイクル」です。戦略や組織変革といった “コンテンツ”ではなく、組織の“プロセス”に着目しているためです。もちろんトップダウンによる“コンテンツ”型の変革は、経営トップの強い意思を感じ、それはそれで良い点もある。但し、結果的に表面的で対処療法的なものに留まりやすい。他方でボトムアップ型となる“プロセス”に着目した変革の取り組みは、時間はかかるものの、根本原因の解消につながる。ここに目を向けていくべきだと考えるためです。

 「組織の循環サイクル」のモデル図は以下です。左側の図が、多くの企業が陥っている「負のサイクル」を、右側の図はそれを見直す「成功サイクル」を表しています。

<図>

 左の図では、「結果の質」が起点になっています。ビジネスモデルが安定し、環境変化も穏やかな時代は、効率が何よりも重視されていました。そして、全て結果で判断される「統制する組織」が有効に機能していました。このため、全社目標の数値を事業単位など小さな単位にブレークし(正確には逆流のケースも多いです)、この数字に基づくガバナンスをきかせる。数値のGapがマネジメントの起点となり、計画より悪ければ、部下を指導する。部下は「自分は頑張っている」という思いがあればある程、関係部署や取引先に圧をかけていく。結果として「関係性の質」が悪化する。組織内&組織間の関係性が悪化すると、当然に「思考の質」も、他責(犯人捜しや罪のなすりつけ合い)に陥る。結果的にエンゲージメントが下がり「行動の質」も下がっていく。この負のサイクルを説明しています。コミットメントはビジネスに大切ですが、度を越した数値至上だけに陥った不祥事のニュースからも理解できます。

 一方の右側の図は、同じサイクルながら「起点・力点」を変えることで、状況を根本から見直すプロセスを明示しています。それは、組織内&組織間の信頼関係作りとなる「関係性の質」を起点にするという点です。何よりも、この部分を重要視して組織の持つ力を高めようというモデルに切り替わります。

 ボトムアップで「関係性の質」を高め、組織内&組織間の「思考の質」を高めていく。多様性が求められる中、ロジック偏重を是正して、個々人の感性を組織の知性とも言うべき力に変換していくモデルとも言えます。哲学者のマルティン・ブーバーのいう「われとそれ」というビジネス的な、相手を道具としてみる世界観から、「われとなんじ」という、相手も人間として捉える世界観への転換がベースにあります。改善される「思考の質」が、「行動の質」を高めていく。その帰結として「結果の質」を高めていくという捉え方です。

 きれいに分類できるわけではありませんが、「関係性の質」を高めるためのメソドロジーにシステム思考やサーバント・リーダーシップが、「思考の質」を高めるメソドロジーにダイアローグ(U理論)やオーセンティック・リーダーシップなどがあります。その前提としての心理的安全性の研究・発信も活発になされています。また「行動の質」を高めるメソドロジーとして、パーパス経営やエンゲージ・マネジメントなどがあります。さらに、このサイクルを効果的に回すOODAループ、アジャイル、リーンといったアプローチも進展しています。

 但し、この取り組みは短期的・対処療法的な取り組みとは対極をなし、長期的・根本的な取り組みです。なぜなら、ツールを入れる、仕組みを作るといったものでも、トップダウンによる業革や組織の再設計でもない。ボトムアップによる取り組みとなるためです。しかし一度機能し始めると、組織が生き物のように絶え間なく進化し、「結果の質」が格段に高まっていく。競争戦略でいうところの「模倣困難な競争優位」となるためです。日本企業は、この本質的な部分に再び目を向けて、本腰を入れて取り組んでいくべきだと考えています。

 その際にポイントとなるのは「ダブルループ思考」(ジョン・スターマン)だと考えています。目の前の状況をロジカル思考で捉えるシングル・ループだけではなく、「認知モデル」(極論すると、判断基準)・「前提認識」までストレッチして再考し、見直していく部分の強化です(下図ご参照)。

<図>

 ドラッカーのいう知識社会となり、知識労働者の生産性こそが企業の競争力の源泉となっている今だからこそ、このループを強化して組織内&組織間の「関係性の質」を高めていくことが、最強の戦略の一つだと考えています。