◆第32回(人的資本経営によるDXの進展)

 言わずもがな、企業経営において「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」の取り組みが大きなテーマの1つになっています。さまざまな捉え方がありますが、経産省の定義では、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」としています。ITとデータを活用したサービスやビジネスモデルの変革もさることながら、業務や組織を変革することも含んでいて、その両輪を回すことで競争優位を確立していくという取り組みと言えます。

 一方で日本企業のDXに関する進展状況を、DXの加速に向けた研究会(経産省)が取りまとめており、「DXレポート2」(2020年12月28日付)を公開しています。その中で95%の日本企業が、①DX未着手企業(DXを知らない)、②DX途上企業(DXを進めたいが、散発的な実施に留まっている)に位置付けられるとの報告がなされています。

 DXレポート2の公表から約2年近くが経過しているため、進展していると想定されるものの、割合としては①(未着手)から②(途上)にシフトしている状況だと感じています。上記のDXの定義の後半部分にあたる組織機能の見直しや強化といった競争力の強化に向けた根本的な対応が必要なのに、この部分に十分な手を打てていないと感じているためです。この部分の本格的な推進には、経営層の意思が求められますが、この部分が弱いことが背景にあると考えています。

 この点、近年ホットになっている“人的資本経営”への流れがいい影響をもたらすのではないかと感じています。大きな時間軸で見た場合、工業化社会から知識社会への展開が進んでいます。そこでは「人こそが競争力の源泉」との認識が直接的であれ間接的であれ、皆が肌で感じているためだと思います。

 2020年9月と2022年5月に情報発信もなされている「人的資本経営の実現に向けた検討会(通称、人材版伊藤レポート)」や、内閣官房から発信されている「人的資本可視化指針」などの取り組みです。人事戦略が経営戦略の要素として、重要性が高まっています。また、海外に目を移すと、IFRS財団は2021年11月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設置を公表し、サステナビリティ情報に関する開示基準の開発を進めています。気候変動に関する検討が先行していますが、それ以外のテーマでも基準の開発が進められる見込みです。当然に、日本の金融庁も平仄を合わせて投資家向けの情報開示の観点から、動いています。政府も早ければ2023年3月期の有価証券報告書から、企業に人的資本情報の開示を義務付ける方針を打ち出しています。

 このような取り組みの中で改めて着目されているのが「無形資産への投資」です。日米間の比較において(日本も徐々に上昇しているものの)米国では2000年以降に大きく増えています(下記ご参照)。

<図>

 高収益に沸く米国企業がその余力をいかしているとも捉えられますが、無形資産(人的資源など)に対する戦略性の違いもあると考えています。

 いずれにしてもこの取り組みを通して情報が“可視化”されていくことは、DXの(経産省の定義で言う)後半部分をドライブするキッカケにもなるのではないか。組織的な機能、社員のスキルに関する課題を定期的に検証し、必要な投資を促すメカニズムの一部として有効に機能するのではないか。そう考えています。