◆第36回(思考モードの広がり)

環境に応じて使い分けるものの1つに「思考モード」があります。旧来はどちらかと言うと“効率化”に主眼を置いたものが主流でした。トップダウンで検討して実行していく『戦略思考』、現場でコツコツと継続する『カイゼン思考』です。しかし昨今の状況もあり、この思考モードが多様化していると感じています。少し前から普及してきた『デザイン思考』にはじまり、『アート思考』や『直感思考』などです。

従来と大きく異なる観点は、“効率化”ではなく、“創造”に重きを置いた思考モードという部分だと認識しています。すべてではありませんが、日本では大きな変革を避け、現場主体で地道にカイゼンを積み重ねて、少しでもコストを削ることによって利益を創出する期間が長く続いてきました。しかし、社会全体としてのコモンセンスの変化、環境の変化、さらにはデジタル化の進展などの影響を受けて、“効率化”に軸足を置いた思考だけではなく、 “創造”に軸足を置いた思考も取り入れていく必要性が強まっている。そうした背景が「思考モード」を“創造”に向かわせているととらえています(下図ご参照)。

<図>

上記の「○○思考」の枠に入るものとして、私が着目しているものが2つあります。1つが『直感と論理をつなぐ思考法』の著者である佐宗邦威さんによる「ビジョン思考」、もう1つが『感性×論理性』の著者である町田裕治さんによる「アート思考」です。内容自体は書籍を読んで頂ければと思いますが、根底にある考え方として両者に共通項があるためです。

それは“自分軸”ともいえる部分です。言い方はそれぞれ異なっていますが、「他人モードからの解放・個人的な妄想」や「自らの無意識の意識化を通した対話の重視」といった部分です。もちろん具体的な「How」の部分は違っているものの、根底として、意識されてこなかった、言語化できていなかった自らの感性を高め、気づきを得る部分(むしろ開放する部分)があります。

※補足までに、単なる“思いつき”で終わらせないために、どう具体化して取り組みにつなげていくかという大切な部分にもページを割いて丁寧に解説されているため、一読をお勧めします。

いずれにしても、表面的なノウハウの部分ではなく、両者の思考の根底にある部分が大切だと感じています。マインドフルネスしかり、日本古来の禅しかり。外ではなく、内を照らす大切さの再認識とも言えるためです。

この内容に関連して(「○○思考」の派生として)、「内(自分自身)を照らす」という点で、もう1つ参考になる書籍があります。それはジュリア・ガレフ氏による『マッピング思考』です。内容は、自分の思い込みから抜け出し、判断力に磨きをかけるにはどうすべきか、に関するものです。一般的によく取り上げられるバイアスに関する内容で、その対峙策を具体的に説明しています。「動機ある推論」(自分が信じていることを裏付ける情報のみを願う人間の基本的な心の働き)を抑制し、「正確性による推論」の比重を高めるべきだと説き、そのためには地図を描くように物事を俯瞰的にとらえ、仮定を疑う思考をするよう勧めています。特に強調されているのは、判断力を低下させるのは、「知識」ではなく「態度」という点です。上述の「○○思考」は、「内を照らす」ものであるため、尚更この点に留意する必要があると考えています。

さらに思考モードつながりで、もう1点。知の巨匠ともいえる故立花隆さんの「思考の技術」(中央公論新社)から。この書籍で立花さんは、生物学の一分野である生態学(エコロジー)的な思考を推奨されています。現代は、善悪の判断がつきにくい状況に近づいているとの課題認識に基づき、今こそ“生態学の知恵”をいかすべきだという提言です。実際、経営学の理論に、生物の進化メカニズムのアナロジーに基づいて、企業の進化の理論化を試みている「VSR理論」しかり、少し古くには「キーストーン戦略」といったものがあります。この書籍で立花さんの真意が述べられていると感じている部分を以下に引用します。

「一見、人間の作ったものはムダがなく、合理的にできているように見える。しかし、人工のシステムの合理性はその内部だけでの一面的なもので、システム全体から見ると非合理的なことが多い。一方、自然においては、ムダなものは1つもない。」

含蓄に富んだ、悟りに近い指摘だと考えています。思考という手段を論じる書籍名にも関わらず、“はずすべからず”の真理をついているため、とても考えさせられます。

現在は創造に向かう思考モードの必要性が高まっているため、そうした思考を学び、試し、磨いていくことがとても有益な状況です。この文脈は、企業においてダイバーシティ&インクルージョンが着目され、副業を解禁するなどの取り組みを進めている背景にもなっていると思います。

他方でベースとなるのが、“内を照らす”、則ち自らの内なる声を探求していくアプローチ。だからこそ、「マッピング思考」でいうところの(自らの)“態度”に留意する必要がある。

その上で、ある意味“真善美”に限りなく近い“生態学の知恵”(叡智)を拝借することを意識する。思考の過程の中かもしれないし、思考した後のアイデアや理論・モデルかもしれない。それらを改めて別の角度から検証する視点として、生態学の知恵を用いることが(現在で言われるところの)サステナブルな性質を持たせることにつながるのではないか。人の考えた人工のシステムは今後ますます増えていくことを踏まえると、尚更ムダのない合理性を持った自然というシステムの本質をつかみ、参考にしていくべきではないか。そのような思考モードも実践できるようになっていきたい。そう考えています。