◆第39回(ダブル・ループ思考の勧め)
企業の持続的な成長や発展に向けた「人的資本経営」が着目されています。人的資本経営とは、従業員が持つ知識や能力を「資本」とみなし、投資の対象とすることで持続的な企業価値の向上につなげる、というグローバルな世界では当たり前になりつつある経営のあり方です。他方、上場企業にそうした非財務情報を開示することが義務づけられたため、対外的な報告に目が向かいがちですが、実質的な取り組みこそ重要だと考えています。下の図は、その取り組み例です。
<図>
➊や➌については、既に各社でさまざまな取り組みがなされています。働きやすい環境づくりを含めて、キャリアの選択肢が急速に広がっています。一方で➋の「エンゲージメント向上」に向けた取り組みは、まだまだ未成熟な状況にあり、各社が試行錯誤しながら進めている領域です。特に定量的な測定を継続的に行っていくことが求められます。データ分析によりエンゲージメント自体の傾向に関する可視化を行うのみならず、課題に対する対策とその有効性もモニターしながら推進していく必要性があるためです。弊社でも、特にこの領域のご支援が増加傾向にあります(詳細は第38回ブログをご参照下さい)。
加えて企業としてのサステナビリティの観点から、その重要性が高まっているのが❹の「組織文化の改善」です。とても根が深いテーマとなるため、まずは「今後どうしていきたいのか」、「どこにボトルネックがあるのか」という本質的なポイントをじっくりと議論して、的を射た取り組みを行っていくべき領域と言えます。
こうしたテーマを議論する際に私がよく用いるのが「基本志向の変化」の話です(下図ご参照)。
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長く続いた工業化社会の中で、徐々に培われた組織特性を本質的に転換する必要性がある。その部分にフォーカスを当てて比較したものです。まずは何に着目するべきか、皆が納得するまで議論すべき部分だと考えています。
中でも業界や会社に偏らない共通項となるものはいくつかありますが、特に顕著にみられるのは「失敗を恐れずに、まずはやってみよう」という風土づくりの部分です。低成長が続き、耐えしのぐ期間が長かった。そこに掛け算で工業化社会型の風土が邪魔をして、皆が挑戦しようとしない。この点に危機感を感じている経営層はとても多い。しかし、「ではどうしていくのか」、「どこから手を付けていくのか」という点が非常に難しい。
トップの掛け声だけでは動かない、変わらない。出る杭だけに頼るのも持続性がない。このため、組織として挑戦に前向きに取り組む風土醸成が求められます。この点、改めて重要な要因だと考えているのは、組織としての「関係性の質」です。まずは何より、組織に帰属する人通しの信頼関係構築を優先すべきとする考え方です。この点で参考になるのが、組織論の権威であるダニエル・キム博士が提唱された“組織の循環サイクル”です(下図ご参照)。
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結果を重視しすぎる工業化社会型の組織風土は、既に機能麻痺を起こしています。負の循環に陥る傾向が強い。このため「結果の質」を起点とするのではなく、「関係性の質」を起点とする組織風土づくりを行っていくべきだ、という主張です。この流れがこれからの時代観にフィットしており、成功する循環になるという主張です。私もそう考えています。
この「関係性の質」を高めるためには、社員通しの対話や交流の質が重要になります。どちらが正しいかといったディベート的な思考ではなく、相手を理解し共感して、その上で自分の意見・意思との共通項を探っていく思考と言えます。前提としての心理的安全性を充足するところからスタートすべき企業もありますが、その次のテーマはこの「対話の質」だと考えています。
この対話の質を上げる起点はマネージメント層です。そして、そのマネージメント層の方々にお勧めしているのが、「ダブル・ループ思考」です(下図ご参照)。
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これまでの「結果の質」を重視してきた組織風土では、シングル・ループの思考に限定した対話となっていました。人ではなく、ファクトのみを重視するロジカル思考と言えます。
一方で「関係性の質」を高めるためには、ダブル・ループ思考を用いた対話が効果的です。人それぞれに判断するモデルがあり、そこに影響を与えている前提認識がある。これらを解明する対話の時間を持つ。そのためには、相手を尊重し共感する感性が求められます。その意味で、マネージメント層の人間性や対話力が重要になる。まずはこの強化が、これから求められる組織風土の醸成、「関係性の質」の向上の肝になる。そう強く感じています。