◆第58回(ビジョナルなリーダー)

 遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。本年も社員一同どうぞ宜しくお願い致します。今回は企業変革に関するお話をしたいと思います。

 様々な企業で新規事業をはじめとする変革が進められています。しかし、実際には多くの企業で変革の取り組みが思うように進んでいません。その原因の1つとして、表層的な問題解決に留まり、背後にある複雑な問題の全体像が認知されていないことが多分に絡んでいると認識しています。課題は分析することで明確になり、それを解決すればよいというアプローチの限界とも言えます。

 この部分に光を当てて、解明を試みている書籍に『企業変革のジレンマ』(宇田川元一)があります。中でも特に共感できるのが「慢性疾患的状況」という捉え方です。一般的に言われる企業変革は、大赤字になった際のV字回復のために求められる。また、その状況に対する対策が論じられるものが主流です。一方で現在の日本企業の多くで生じているのは、「ほぼ成長できていない」という状況です。こうした企業に求められるのは、緊急のオペ(外科手術など)ではなく、慢性疾患(的状況)として捉えた対策と言えるためです。

 人の身体でも、この慢性疾患(的状況)への対応は、短期的な対応では解決できず、影響を及ぼしている生活習慣全般を見直す必要があります。企業の慢性疾患(的状況)への対応に関しても、同じことが言えると思います。

 こうした状況認識の元で、どう対応していくのがよいかをこの書籍で解説されています。加えて、それ以上にこの書籍の中で意義があると思う点は『構造的無能化』という概念です。

 『構造的無能化』とは、簡単に言えば、組織の分断化が進み、環境に対する認知の幅が狭小化する。結果、環境変化を認知しても柔軟に軌道修正することが難しくなる(不全化)。この不全化が進むと、問題を全体的に捉えることができないことも相まって表層的な問題解決に留まるようになる。この最後の表層化という対処療法的な対応しかできなくなっていく一連のメカニズムを指しています。

 本来であれば認知できるものも、組織的に認知できない状態に陥っていく負のスパイラルとも言えますが、企業組織の宿命とも言えます。組織は一度環境適応を果たすと、その効率的実行のために、分業化と仕事のルーティン化を進めるためです。

 そして「どう対応していくのか」を考える前に、何が重要な着眼点になるのか。そこを考える必要性を指摘されています。その着眼点は、以下の3つです。

 定義気づき
①多義性ある事象に関して、立場などによって多様な定義が可能である部門をまたぐと問題を認識し合えない(分かり合えない)という課題への気づき
②複雑性現場で起こっている現象と会社の対策との関係性が分かりづらい部門を跨いで一枚岩になれない(納得できない)という課題への気づき
③自主性推進部門と実行部門が「考える私と実行するあなた」という関係に陥る実行部門で積極的に実行されづらい(進まない)という課題への気づき

 慢性疾患(的状況)において、『構造的無能化』という生活習慣ならぬ、企業習慣が原因のメカニズムとして存在していると捉える点に、あまり違和感はないと思います。それを解きほぐしていく際の観点は何か、という点に対する提言と言え、当たり前かもしれませんが、シンプルで理解しやすいと思います。

 ①多義性および③自主性に対しては、これまでの反省も踏まえて、日ごろから風通しをよくするための取り組みが行われるようになってきています。また、横断型の組織が組成された際にじっくりと丁寧に話し合う場を増やす工夫をするといった取り組みも増えてきました。

 一方で、②複雑性には課題が残ります。コミュニケーションを通した相互理解・関係づくりだけでは解決できないためです。DXなどの取り組みでは特に、組織で蓄積されてきた制度やルール、企業文化に直接的にも間接的にも影響がある。その因果関係をすべて解きほぐしていくこと自体が至難の業となるためです。

 では、どうするのがよいのか。私の限られた経験則からになりますが、こうした慢性疾患(的状況)への対応をうまく進めている企業にみられる特徴の1つに「ビジョナルなリーダー」の存在があります。混沌とした状況において、その矛盾や不整合を無視せずに吸収する。その上で、皆で目指すべきゴールを(仮説として)描きだすリーダーです。このリーダーの”語り”に皆が共感し、組織が動き始める。このようなリーダーの存在がとてつもなく大きい。そう強く感じています。

 では、このようなリーダーはどのように育成されてきたのか。本質的な問いはこの点になってきます。が、正直、それを一言で答えることは難しい。ただ、この点に一石を投じている学術研究領域にロバート・キーガン博士による『成人発達理論』があります。それは、「知性レベル」の進化です。

 以下は、キーガン博士による「知性のレベル」と「時間」を2軸にとった発達段階を明示したものです。

<図>

 知性のレベルに着眼して、「変革をうまく進めている企業に必ずいる」と私がお話したリーダー(像)を的確に定義されていると思います。それは自己変容型知性を持つリーダーです。謙虚に学び続けつつ皆の協力を取り付ける。そのためにも、何が問題なのかを考え続け、皆に問う。そのような知性と捉えられます。

 無形資産の中でも、特に人的資本の重要性が見直されている背景もあり、企業はどのように人材の価値を磨き高めていくのか。この問いに真摯に向き合う必要性が高まっています。その方策は多岐に渡ります。一方で、多くの企業が慢性疾患的状況下における変革を進める必要がある。その際、それをリードするリーダーの育成は最重要テーマの1つです。上記のロバート・キーガン博士の理論は、有力な考察結果であり、とても参考になる。そう考えています。

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