◆第59回(“気づき”の大切さ)

企業は環境変化に適応しながら成長していくことが求められます。しかしここ30年を見ると、特に日本企業ですが、あまり成長できていません。

成長に向けた取り組みはさまざまですが、戦略的経営の父とも呼ばれるロシア系アメリカ人のアンゾフさんが定義した「アンゾフの成長マトリックス」は、そうした取り組みを考えていく上で、起点になると思います。

≪図≫

もちろん、DXといわれるデジタル化社会への転換は製品のみならず、市場にも変化をもたらしています。その意味で既存か新規かということ自体悩ましいケースもあると思いますが、その点は今回割愛します。

大きなオプションとしては、進展するデジタル技術などを組み込んで新たな製品を生み出す方向性(新製品開発)か、そうした技術を生かして新たな市場を開拓する方向性(新市場開拓)があります。

この領域の経営学的アプローチに関するパイオニアと言えば、チャールズ・オライリーとマイケル・タッシュマンによる『両利きの経営』です。

「既存事業の強化」と「新規事業の立上げ」を両立させる経営メソドロジーといえるものですが、着眼点は、既存事業の強化を「知の深化」、新規事業の立上げを「知の探究」という分類です。「知の深化」が自社技術を徹底的に磨き上げることに対して、「知の探索」は新技術や新ビジネスのアイデアを生み出すために、自社が持つ技術やノウハウとは全く異なる分野の知見を探すことです。普段の仕事では触れることのない、ビジネスモデルも顧客層も提供価値も大きく異なる分野を知ろうとする行動といえます。

しかし、両者を同時に進めることは「行動スタイルの違い」がとても大きく大変です。

≪図≫

『両利きの経営』ではこうした相違を踏まえ、「経営体制・戦略」と「人事・組織」の2つの側面から考察し、成功に導くポイントを解説されています。簡潔に言えば、経営層の強い意志と多くの社員から共感が得られるビジョン創出。および経営直轄とする組織編制、経営層によるポートフォリオマネジメントです。

先日、この領域に新たな提言を行っている書籍に出会いました。シリコンバレーで30年以上にわたって起業家やVCと関わり、イノベーションの本質を発信されてきた校條 浩さんによる『演繹革命』です。根底にある問題意識は、「なぜ日本ではイノベーションが起きないのか?」です。

行き着いたのが、「帰納思考と演繹思考が見分けられる眼鏡を提供すること」とのことで、日本企業がイノベーションを起こすために必要な「演繹思考」の重要性を説いています。

帰納思考とは、過去の成功事例やデータから一般的な結論を導き出す手法で、リスク回避や効率性を重視する思考法です。従来の教育を含めて、工業化社会で有効に機能していたものです。一方の演繹思考は、普遍的な原理や前提から具体的な結論を導く手法で、革新や新しい価値の創造を促進する思考法です。

導入ステップだけ見ると、上述の『両利きの経営』と共通していますが、私は着眼点である思考法の根本的な違いを具体的に指摘されている点が素晴らしいと思います。

Appleやプレイステーションを事例に用いていますが、こうした事例自体は、これまでもいろいろな分析が行われてきました。表面的に捉えると、つるつる滑った理解になることが頷けます。新たなものを生み出すには人・組織の思考回路を全く別のものに切り替える必要がある。もちろん既存事業もあるため、それには(従来の)帰納思考を用いつつ、新たな製品や事業を生み出す際は、この演繹思考を用いる。この違いに関する“気づき”と、“使い分け”(実践)がポイントです。

但し、人も組織も従来慣習はなかなか変えられないのも事実。思考回路(のような部分)であればなおさらでしょう。それでも、まずはこの“気づき”こそ大切。分かった気にならず、自らの思考を意識的に識別し、状況に応じて適切に使い分けていくことが必要だと思います。

日本でも失われた30年を経て、成長に向けた取り組みが活発になってきました。その際、『演繹革命』で論じられている演繹思考(と帰納思考の使い分け)は、それを進めるあらゆる層に素晴らしい“気づき”を与えてくれる。そう考えています。

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